ベトナム語で「ありがとう」意味する言葉は”cảm ơn”。むりやりカタカナで読むとすると、カムオン。これはどんなベトナム語のテキストやウェブサイトにも乗っています。
しかし実はベトナムの人たちがベトナム語で「ありがとう」と使うことはそう多くない、ということを知っているでしょうか。
とにかく「ありがとう」と「すみません」を連呼すればいい、というのはあくまで日本人的な感覚を押し付けているだけなのかも知れません。
「ありがとう」のようなシンプルな言葉一つとってみても、文化の違いというのは現れるもの。今回は実際に彼らと一緒に生活して見えてきた。なぜベトナム人が「ありがとう」を言わないのかををお話して、ベトナム語での「ありがとう」の正しい使い方についてお話します。

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ベトナム語の「ありがとう」とは?
ありがとうにあたるベトナム語。これはcảm ơnという言葉です。
ベトナム語の「ありがとう」の発音は?
短く、簡単そうに見える言葉ですが、ベトナム語は上げたり下げたりという6音のアクセントがあるために案外発音するのが難しい言葉です。
無理やりカタカナでかくならカァ↑↓ム ↑オォ↓ンと言った感じでしょうか。
MとOの音は別々に
ベトナム文字は植民地支配をしたフランスが作り上げたアルファベットのような文字を使って書いています。そのため読む時にまるで英語のCome onやローマ字読みのようにMとOの音をくっ付けてしまう人が多いのですが、これは間違い。
cảm(カム)とơn(オン)はきっちりと独立した二つの音にすることが必要です。
語源は中国語の感恩
これはベトナム語のcảm ơnがかつて支配者であった中国の感恩という言葉から来ていると言うことを知るとわかりやすいと思います。
日本人としてはローマ字やアルファベットではなく、この漢字の音読みであるかんおんを意識するようにして発音するとより自然なベトナム語に近くなります。
ベトナム語では「ありがとう」を言わない?
このように「ありがとう」を意味する言葉はちゃんと存在しています。
しかし長くベトナムを旅し過ごしてきた中で、このcảm ơnをベトナムの人同士が日常生活で使っているのを耳にしたことはあまり多くはありません。
例えば友達に何か分けてもらった時も、家族にご飯をついでもらった時も、日本なら思わず「ありがとう」と口にするようなシチュエーションでベトナム人がcảm ơnということはまずないのです。
しかし、彼らを見ていても「ありがとう」と言われないことを気にしている様子はありません。

ベトナムは「助け合い」の文化
ベトナムの人が「ありがとう」と言わないのはベトナムが「助け合い」の文化だからということとも強く関係しています。
農村が多く、人々の結びつきが密接だったベトナムは、自然にお互いに助け合う「助け合い」の国です。都市化が進んだ今であっても、掃除夫が一輪車を段差を登れず苦労しているところを一緒に押上げたり、バイクの修理屋でメカニックに協力してバイクを持ち上げたり、見知らぬ人同士ですらお互いに助け合っている様子を見かけることがあります。
友人を助けるのは「ありがとう」と言われたいからじゃない
そんな彼らですから友人や家族同士が助け合うのは自然なことです。相手のことを思いやっていて、力になりたい親しくなりたいと本気で思っているからこそ、その表明としてお互いに「助け合う」のです。
だから友人だと思っている人に、ちょっとしたことでいちいちcảm ơnと使われたら、むしろ逆に「あれ、わたしたちって実は親しくない?」と思ってしまうほどなのだといいます。
ベトナムでありがとうは親しくない人に使うもの?
というのもベトナムの人がcảm ơnと言う言葉を使うのは基本的にお店や、知らない人に助けられた状況で言うことが多いからです。
例えば、道に迷って誰かに道を教えてもらった時や、さきほどのケースのように一緒に一輪車を押してもらった時など、知らない人から手を貸してもらった時には実際にcảm ơnと言っているのを耳にしています。
ベトナムの人の感覚では誰かに何かをしてもらった時、こちらも行動でお返しできないような関係性において、一方通行的な親切を受けた場合に、cảm ơnと使う場合が多いようです。
自分ならお礼を言ってもらいたくない
だからこそ、自分を相手の立場に置いてみて、こんなことで相手にわざわざお礼を言ってもらいたくない、と思うような時には相手にお礼を言いません。
友人にちょっとしたことでcảm ơnと言われると、「自然と助け合うような関係ではない」とか「別に親しくないとか思っていない」と言う表明のように感じてしまって傷ついてしまうこともあるのだそう。

とはいえ、日本人を含む外国人がたくさん「ありがとう」と言うことは知られているのは事実ですから、相手ももちろん理解はしてくれます。しかしそれがお互いに距離を感じさせてしまう原因になってることも事実のようです。
恩に着るを使えるか?
このあたりの感覚はcảm ơnに「ありがとう」という訳ではなく、語源である「感恩」から「恩に着る」という訳語を当ててみるとわかりやすいかもしれません。
友達にご飯をついでもらって「恩に着るよ」というのは、日本語でもさすがにちょっと強すぎます。きっと、いやいや、そこまでかしこまらなくてもと思うはずです。でも他人だったらどうでしょう。多少強いかも知れませんが、そこまで不自然ではないはずです。
ベトナムでもこの感覚は当てはまると考えてみてください。おそらく感恩であるcảm ơnは「ありがとう」より少し意味合いが強いのです。だから友人の間でもお返しできないほどにすごいことをしてもらった時や、本当に感動するようなことをしてもらった時にcảm ơnということはあります。しかしそうでない日常の些細なことであれば、言葉として伝えるには強すぎるわけなんですね。
ベトナムではどうやってありがとうと伝えるべきなのか
では実際に、ベトナムに行った時にいつ、どのような形で感謝の気持ちを伝えるべきなのでしょう

レストランやホテルでは「ありがとう」と言ってみる
旅行の時、レストランやホテルでサービスを受けた時、cảm ơn(ありがとう)と伝えるのは、別にさほど不自然なことではありません。
文化的に相手は使わないと知っていても、サービスを受けた時にはお礼を言わないと気持ちが悪い!と言う人もいると思います。日本人や欧米人など外国人が頻繁に「ありがとう」というのは、外国人の文化としてベトナムでもよく知られていることなので、あえて我慢する必要はないでしょう。
友人には態度で示してみる
さきほど言ったように外国人がcảm ơnと頻繁にいうことは、文化の違いとしてよく知られていることでもありますから、頻繁にcảm ơnと言ったとしても、その意図は理解してもらえます。
しかし率直な意見として、お礼を言われた時に距離を感じると言うのも正直な意見です。そのため現地採用や、交換留学などで長期に滞在することになったなら、ちょっとしたことをしてくれた時には、言葉としてのcảm ơn(ありがとう)を使わず、にっこり笑ったり態度で表すということをし始めてみるのもいいかもしれません。

友達に特別なことをしてもらったら心から「ありがとう」を言ってみる
友達相手でも特別なことをしてもらったら、きちんと感謝の気持ちを言葉で伝えるのもいいでしょう。
例えば歓迎会を準備してくれていたとか、誕生日のプレゼントを長い時間かけて用意してくれていたとか、そうした状況であればしっかりcảm ơnと言ってみるのはありです。その時には笑顔や表情を出して、しっかりと感謝の気持ちを体で表現するようにしましょう。
大事なのは感情を込めること
いずれにせよ、大事なのは感謝の気持ちを表現することです。口先だけでただcảm ơnというくらいなら、何も言わずににっこり笑うことのほうが感謝の気持ちは伝わります。ベトナムの人たちは日本人より感情豊かな人たちです。彼らにお礼を言うのならば、感情を込めることが大事なのです。
実際にありがとうを言う時は丁寧に言おう
このようにベトナム語では、cảm ơn=ありがとうはいつでも言うような言葉ではありません。
お礼を言う時は友人に何か大きなことをしてもらった時など、すこし特別な状況です。ですからcảm ơnと言う時は少し丁寧に言うことを心掛けたほうがいいようです。
日本語だと主語を省くのは一般的な感覚なので、それで失礼と感じることはありませんが、ベトナム語だと主語を省いた表現は少しぶっきらぼうな印象を与えるんですね。
ありがとうは丁寧に言ってみよう
そのためありがとうを言う時には、自分と相手を表す言葉を入れて丁寧に言ってみるというのは非常にいい方法です。
ベトナム語では、一般的に年齢の変化によって自分や表す言葉が変化します。
年上にお礼を言う場合
ベトナムでは礼儀として、年下から年上にお礼をいうケースが多いです。主語として使う場合、ベトナムでは年下は性別問わずEm。相手を表す言葉は年齢と性別によって変化します。
年上の男性にお礼を言う場合
Em cảm ơn anh=エム カム オン アン
年上の女性にお礼を言う場合
Em cảm ơn chi=エム カム オン チー
上記の二つの呼びかけは概ね、自分のお兄さん、お姉さんくらいの年齢の人に使い、自分の両親より年齢が高いような少し年配の男女には、別の言葉を使います。

年配の男性にお礼を言う場合
Cháu cảm ơn ông=エム カム オン オン
年配の女性にお礼を言う場合
Cháu cảm ơn bà=チャウ カム オン バー
年下にお礼を言う場合
自分が年上の場合、自分を表す言葉は男性ならAnh、女性ならChiを使います。年下の相手を表す言葉は男女共に文法上はEmでいいのですが、男性が使う場合は女性に向けて使うことが多く、男性にはChuという言葉を使うことが多いようです。
年上の男性が年下の男性にお礼を言う
Anh cảm ơn chú=アン カム オン チュー
年上の男性が年下の女性にお礼を言う
Anh cảm ơn em =アン カム オン エム
年上の女性が年下の男女にお礼を言う
Chi cảm ơn em=チー カム オン エム
丁寧語を付け加えよう
他にも付け加えることで cảm ơnを丁寧にできる言葉はあります。
一つがXin。挨拶のXin chaoでも使いますよね。Xin cảm ơn (シン カム オン)と言うことで日本語で言う「ありがとうございます」というような意味を持たせることができます。
もう一つがベトナム語のテキストなどでも目にするcảm ơn nhiều (カム オン ニュウ)。いずれのケースでも上記の内容のように、主語と合わせて使うこともできます。
まとめ
いかがだったでしょうか。「親しい中にも礼儀あり」としてお互いにお礼をいい合う文化がある我々日本人にとって、お礼を言われると距離を感じるというベトナムの文化は驚くものだと思います。
観光国家としても人気の高いベトナムですから、外国人が頻繁に「ありがとう」ということあよく知られていることであり、サービスなどを受けた時でcảm ơn(ありがとう)と言ってみるのも、決して間違ったことではありません
しかしもし友人と思えるベトナムの人ができた場合、彼、彼女が「ありがとう」と言わなかったとしても、腹を立てるのは間違いです。それは別に無礼な態度をとっているというわけではなく、「次は私が助けるよ」という意思表示でもあるからです。
日本人的な感覚ばかりに頼るのではなく、相手の文化から言葉を考えてみるのも大事なことと言えるでしょう。