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寝たら死ぬぞって本当なの?命がヤバくなったら逆に目が冷めた話

画像月の日にオーロラを待つ

寝たら死ぬぞ!!って本当なんだろうか?

って思ったことありませんか?

冬山に登る真面目なドラマから、そのパロディーシーンまで、いろんなテレビや漫画などで見かけるこんなシーン。実際のところどうなんだろうって気になりますよね。

 

実は僕、カナダに住んでいる時凍死まであと少しってところにまでなったことがあります。

その時に体験したのが人って寒い中で寝ていても一度目が冷めるんだってことだったんですよね。

「寝たら死ぬ」じゃなくて、寒すぎて目が覚めた時の話

自分が「寝たら死ぬ」じゃなくて、死にかけたから目が覚めたという経験をしたのは、僕がカナダの北部、アラスカの隣にあるユーコン州という地域に住んでいる時のことでした。

体の芯から冷え切って、いくら着込んでも、体を震わせても、自分の体に体を温めるエネルギーが残っていないからなんの意味もない。そんな状態。

あの時もし一人で行動していたら、今こうしてブログに経験談を書くことなんてこともできなかったんだろうなーとたまに思い出す出来事です。

真冬の夜に森の中の小屋を見に行った話

ユーコン州、アラスカの隣にあるカナダの小さな州に住んでいたある冬の日のこと。

ニューヨーカーの友人が、森の小屋を見に行こうと言いだしました。

彼によればその小屋はかつては狩人たちが使っていたというもの。同僚のガイドの一人が森の中に見つけたと報告してきたものでした。その小屋に寝袋を持って言って中で寝てみようという話だったのです。

北の地に来て間も無く、まだアウトドアの経験も十分とは言えなかった自分はその話に乗りました。彼によればその建物は、当時自分たちが住んでいた家(この建物自体荒野にありましたが)から、2キロも離れていないという話でしたし、薪ストーブも置いてあると言うので危険はないように思えたからです。なにより森の中の小屋、オーロラが出たら最高じゃないかって思いもありました。

画像新月の日に出たオーロラ

もちろん今になって思えば、1日4時間くらいしか日が登らず、マイナス40度を下回ることもある北部カナダで、夜になってからよく知らない場所に出かけようというのは馬鹿げた行動だったと言えます。しかしその危険を想像もできない僕たちは、夜の森に出かけることになったのです。

たった2キロでさまよう都会人

誤算はいくつかありました。

まずは凍結した川をあるいて対岸に渡り、森の中にある獣道をしばらく歩けば小屋にたどり着く。簡単なはずのその道のりに、自分たちは2時間以上をかけてしまったこと。

カナダ北部では冬には川は凍結する(Canada,yukon) D800E

道を知っているはずの言い出しっぺは、実際には一度も現場に言ったことはなく、勝手の違う夜の森にすぐに方向感覚を失ってしまったのです。

その日はマイナス15度程度と、その地方にしては極端に寒いわけではありませんでしたが、歩いているだけで十分に疲れてしまう寒さです。結局、行ったり来たりしてようやく小屋を見つけた時には予定していた到着時間を大幅に越してしまっていました。

もう一つはそんな思いをしてやっと辿り着いた小屋が思ったよりもボロボロだったこと。隙間が多くて風が通るので、体感気温は外とたいしてかわりません。頼みの綱の薪ストーブも、放置されていたせいで穴だらけ。外にいくつか残っていた薪も凍りついていてすぐに火を起こせるような状況じゃありませんでした。

それでもその時間までうろうろしてせいでかなり疲れていましたし、来た道を戻って家に無事につけるとは思えません。結局、火の用意もせずすぐに寝袋を広げてねることにしたのです。

死にかけて目が冷めた話

目覚めたのは真夜中のこと。目覚めた瞬間にやばい、と直感しました。

まず体の震えが尋常じゃない。体全体がガタガタ震えていて、手などは10センチほどの幅で震えているのが目で見てわかるほど。奥歯がぶつかってカチカチ言っているのが聞こえていました。

火ををおこさなくては。

体の震えは、冷えすぎた体を震わせて温めようとしているのだ、と直感でわかりましたが、既に氷のように冷えてしまった体は、いくら震えたところで体温を維持することはできてもあげることはできないということもわかりました。外から熱を取り込むしかないんです。

一緒に来た二人を見ると、二人は問題なくぐっすり寝ています。

自分が持って来た寝袋は私物の−15度対応の寝袋に、対応温度を5度足せるというインナースリーピングバックを持って来ていました。しかし自分の寝袋を持っていなかった彼らは、職場から北極の探検など使用されるマイナス60度対応の極厚の寝袋を借りて来ていました。自分の寝袋と段違いに高性能な寝袋を使っている彼らには見たところ問題はなさそうでした。

静かに火を起こさなくちゃ。

なぜかそう考えました。同じ部屋に元気な人間が二人もいるのです。本当ならすぐに助けを呼べばそれでいい。でもなぜか自分の頭に浮かんだのは、「ぐっすり寝ているし、二人を起こしちゃ申し訳ないな」ということでした。

しかし火を起こそうとメタルマッチをこすろうにも、あまりの震えに掴むことすらままならず、こすることすらまともにできません。

あとで知ったことですが、こうした判断力の低下体の末端が動かなくなるなどは低体温症の症状でした。体が冷え切って命の危機が訪れると、血液は心臓や内臓など生物として生きるための機関を優先してするため体の末端部分に血を回すのを止め、温度が下がるんですね。

そのあとのことはいまいち曖昧です。あとで聞いたことですが、自分は結局火を作ることも、友人を起こすこともできず、持って来た余分の防寒具やダウンジャケットを着込んで、また寝袋に潜りこんでいたようです。

次に気づいた時には、薪ストーブの前に座りこんでいました。異常を察した友人が火を起こしてくれたことで、なんとか難を逃れていたのです。

無知が招いたあまりにお粗末な行動としか言いようがないですが、その後を含め本当に命が危なかったのはこの時だったな、と本気で感じています。

なんで寝たら死ぬと言われるの?

ではなぜ「寝たら死ぬ」と言われるんでしょう。

まず大きな理由としては、寝ると体温が奪われる速度を早めてしまうから。

寒いところにいると、体温はどんどん外に逃げていってしまいます。寒いところでは外気から熱を取り込めないので、防寒具で体内の熱が逃げるのを遅らせたり、体内の脂肪を燃やして体温を維持することになりますが、体に蓄えられるエネルギーにも限度があります。どんないい防寒具を着ていても、時間が経てばゆるやかに体温は下がっていくしかないんです。

ところが人は眠ると、体の内部の温度である「深部体温」が下がり、手足から体の体温を放出してしまいます。ただでさえ体温を維持するのが大変なのに、寝ることでさらに体温が下がってしまう。

結果。起きた時には体温が下がって危険な状態になってしまっていることがある。だから「寝たら死」に近づいてしまうことは実際にあるのです。

寝なくても死ぬ?

あと一つの理由は、体温も体力も使い果たしているような場合。

体温が下がり、体の末端から熱が奪われる。その後に来るのは生きるために必要な器官である内臓の働きもゆっくりになります。

この場合、生きているのはもはや気力と意識で繋ぎ止めているだけです。「寝たら死ぬ」というけど、寝なくても死ぬ。ドラマなどの極限状態で励ましあってというのは、どちらかというとこちらになるのでしょう。

寒いところで寝る=死じゃない?

ただ勘違いしちゃいけないのは、寒いところで寝る=死ではない、ってことです。

自分もその後のサバイバルトレーニングや冬キャンプで、何度も雪に穴を掘って寝たり、木の枝の簡易シェルターで寝ることになりましたが、十分な準備さえあれば極寒の地で寝てもそれだけで死ぬことはありません

画像月の日にオーロラを待つブルーシートで作った簡易ティピー。極寒の地で眠る=死ではない

 

人間は体力を回復させるために睡眠が必要です。寒さで失う体力と回復する体力で、回復する体力が上回るなら寝たほうがいいのです。

自分が経験したように、寒い中で寝てもそのまま死んでしまうことはなく、あまりの寒さに一度は目が冷めます。

大事なのは体温を失うのを遅らせることと、下がった体温を回復させる方法です。そのため

  • 十分な防寒具を用意→体温を保つ
  • 体を濡らさない、風に当たらないようにする→体温が下がるのを遅らせる
  • チョコレートなどすぐにカロリーになる食べ物や、火を起こす道具→体温を回復させる

などの準備があるなら、頑なに寝ないのは逆に体力を奪いかねません。結局はケースバイケース。「寝たら死ぬ」は事実でもありますが、いつもではないんです。

まとめ

「寝たら死ぬ」

体が氷のように冷え切って、回復する見込みもない。意識があるだけが生きている証明というような状態なら、文字通り「寝たら死ぬ」ことはあります。

ただ自分が経験したように、まだ体力が多少でも残っていているなら、寒いところで寝てもそのまま死ぬことはなく、自分が経験したように一度自分を助けるために目が冷めますし、十分な装備があれば極寒の中でも快適に寝ることもできます。

寝ることは人間には必須。しかし

  • 体温を保つための十分な防寒具がない
  • 体が濡れていたり、風に吹かれたり体力が奪われ続ける状況にある
  • 歩き回ったり、食事がないため体力が残っていない

ような状況では回復する以上に体温が奪われてしまい危険になることもあります。

寒いところで寝たからと言って、即「死ぬ」わけではありません。しかし状況によっては死が近くことも実際にあるのです。