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ノーベル文化賞カズオイシグロさんも実践した、ギャップイヤーとはなんなのか?

2017年のノーベル文学賞が発表され、長崎県出身の日系人作家カズオ・イシグロ氏が見事ノーベル文学賞を受賞した。

多くの人が受賞するのでは!?と予想、もしくは期待していた村上春樹氏でなく、国内では予想外とされていたイシグロ氏のノーベル賞受賞とあって、日本国中が驚きと喜びに包まれた。

そんなイシグロ氏の経歴を見ていると、旅をするものとしては気になる表記があった。それはイシグロ氏が大学の入学前に過ごしたというギャップイヤーの存在だ。この期間中イシグロ氏は北米に渡りアメリカ、そしてカナダを旅したのだという。

では日本では聞き馴染みのない、ギャップイヤーとは一体どういうものなのか。今回はそれをお話していきましょう。

ギャップイヤーとはなんなのか?

ギャップイヤーとは高校卒業から、大学へと進む前の1年間、大学進学してからではできないような長期の旅や経験をするため時間をとるというものだ。

ストレートに進む事こそ良いとされる日本ではまだまだ馴染みのないギャップイヤーではあるが、アメリカなどでも少しずつ認知度は高まってきている。2016年にはオバマ元アメリカ大統領の娘マリア・オバマさんが、ハーバード大学への進学前に1年間のギャップイヤーを取り、映画会社ワインスタインカンパニー(The Weinstein Company)でインターンをする、として話題になったのを聞いた事がある人もいるかも知れない。

しかしアメリカでもまだまだギャップイヤーはメジャーであるとは言えない。ギャップイヤーの本場はやはり欧州。実際にギャップイヤーをとる若者と出会うことが多いのがどこかと言えば、ドイツなのである。

「自分探し」は悪いことなのか?

カナダやニュージーランドはもちろん、東南アジアの国々でも旅をしている若いドイツ人と出会う機会というのは相当に多い。彼らの多くがギャップイヤーを利用して1年間の旅に出ている若者たちだ。

人によっては転々と場所を変え、旅生活を続けるものもいる。あるいが将来考えている職種のインターンや下働きを外国の地で試しれみるものもいる。人によっては旅をしながらフリーランスと稼ぐという生き方を実践してみる人間もいるだろう。彼らに共通しているのは、旅や外国で暮らすという経験を見つけ出す。言い方を変えれば「自分探しの旅」を実践しているという点だ。

「自分探し」というと、日本ではとかくネガティブな印象がつきまとう。ストレートに迷いなく進むことがよしとされている日本では自分探しは「現実を見ていない」「逃げている」などと言った批判の対象になるからだ。

ギャップイヤーで本当にやりたいことを見つけ出す若者たち

しかし実際にギャップイヤーを過ごした彼らを見ていると、この感覚は本当に正しいのだろうかという疑問も生まれる。ギャップイヤーという自分探しを通し、自分が本当にやりたい事を見つけ出した若者たちは国に戻って大学に進む。

ギャップイヤーに旅を通じて自分探しをする若者は多い(Canada,yukon) D800E

ニュージーランドで出会ったある女性は、自給自足の生活を体験したことでその素晴らしさに目覚め、自国に戻って再生可能エネルギーの研究に携わる事を決めた。オーストラリアを車で一周するラウンド旅行を行った青年は、機械いじりの楽しさに目覚めて、機械工学の道に進むことにしたのだという。

当然の事ながら、旅を通して自分を見つめ直すことで「本当にやりたいこと」を見つけ出した彼らのモチベーションは高い。「なんとなく」大学に行くわけでも、「他の人が大学行くから」大学に行くわけでもない。やりたいことがあるから大学に行くからだ。

どんなに科学技術や経済が発達しても、結局のところそれを支えているのは、人々の気持ちであり感情だ。ギャップイヤーによる「自分探し」により、学ぶことへのモチベーションをあげた人々の気持ちが、不景気が続く欧州の中で一段抜けた強さを保っているドイツ経済を支える一端を担っているのではないか、と考えるのは自分の思い過ごしだろうか。

カズオイシグロ(石黒一雄氏)のギャップイヤーとは

イシグロ氏はそんなギャップイヤーを過ごした一人だという。イギリスはドイツ人ほどギャップイヤーを過ごす若者と出会う国ではない。しかしそれでも

高校卒業後1年間、イシグロ氏はアメリカとカナダを旅をした。日誌を書き続けながら旅をする日々、しかしイシグロ氏がしたのは書くことだけではない、驚くべきことにレコード会社にデモテープを送ることもあったのだという。

この旅の中で何が起こったのかは想像を働かせるほかない。

確かなのは、帰国後のイシグロ氏がケント大学で英語と哲学の学士を取り、1年間のフィクションの執筆を経て、イーストアングリア大学での文芸修士の習得、1982年の初小説の発行と文筆家への道をひた走ってきたという事実だけだ。

画像カナダとアラスカを結ぶ鉄道進んだ先に何があるのかはわからない(Alaska,Skargway) Shoot by D800E

だがもしイシグロ氏が音楽への道と文章を書く道とで迷っていて、ギャップイヤーでその答えを探そうとしたとするならば、アメリカには行かずなんとなく音楽の道に進み、どこかのパブで演奏するカズオイシグロという現在もあったのかも知れない。

もしくは海洋学者の父に倣って海洋学者になり、やはり今日のような成功はできていなかったかも知れない。

いずれにせよ、ノーベル文学賞受賞者としての現在はなかったか、何年も遅れることになってしまったいたのではないだろうか。

ギャップイヤーをすべきなのか

 

「自分探し」や「自己発見」はバカにされがちだが、自分が何がしたいのかもわからぬまま、なんとなく大学に行き、なんとなく新卒で入った会社が自分に合うかどうか、に賭けるほうがよほどリスクは高いだろう。それならば「自分を探し」て本当にやりたいことを見つける方がいい結果は残せるのではないだろうか。

可愛い子には旅をさせろというのは、昔から言われています。

旅なんかに行かせたら社会不適合者になってしまう!とか心配している親御さんがいるのなら、特にそんな心配は無用。

ドイツの若者の中にも、ギャップイヤーで旅にハマり旅人になる若者もいないわけではないが、大抵は国に戻り日常に戻る方を選ぶ。なぜって?旅は楽しいけれど、ツライ。家族に会えず、移動の多い日々に耐えられず多くの人は普通の日常に戻る人がほとんどだ。

ギャップイヤーは日本でも広まるのか

こうしたギャップイヤーという考え方は、ハーバードのようなアメリカの名門大学でもこの10年で33%以上増えていると言うし、大学としても積極的にギャップイヤーをとるように指導する傾向にある、という。

ただそれでもギャップイヤーという考えが、日本でドイツのように一般的になるにはまだまだ随分と時間がかかるだろう。いや、そんな日は決して訪れないのかも知れない。

制度として認めてくれないのならば、やるかどうか、は自己責任でしかない。それにすでに自分がやりたいことが明確になっている人なら、わざわざ旅に出る必要性はないだろう。

しかしやりたいこと、やるべきことが決まっていなくて、行きたいと行かせたいと思うなら早い方がいい。今の日本の社会はレールから外れた者には厳しい。しかし学生なら社会が変わらなかったとしても、1年休学したくらいならまだ新卒カードは使えるのだから。