ベトナム

ベトナム少数民族ロロの村ルンクーと、日本人がもたらした支援の形とは

ベトナム最北端ルンクー村のロロ族

ハノイから北へ8時間。300キロを走って辿りつきハザンからさらに北へ120キロにある街、ドンヴァン。

さらにそこから北へ15キロ。中国国境が目に見えるほどに近いこの場所に、ベトナム最北の街ルンクーはある。

少数民族が多く住む北部の町ハザン省。ベトナム国内でも貧しい地域として知られるこの省には、この小さな町から始まって、省全体に広がりつつある一つの支援の流れがあります。そしてその流れ中に一人の日本人の姿が欠かすことができない、ということもわかってきました。

今回はベトナム最北の町ルンクー村に住むベトナムの少数民族の話と共に、そのロロ族に魅せられた日本人の姿をお話しす。

少数民族を支援する日本人

「お前の他にも日本人がいるの。知ってるか?」

そんな言葉をかけられたのは、ハザン省で少数民族に英語を教えるボランティアをしていた時のこと。やはり少数民族であるザイ族の友人の家を訪ねていた時のことでした。

聞けば当時滞在していた街から30分ほど行った中国国境近くの村に、「日本人の支援によってできたカフェがある」と言うのです。

日本人が支援してルンクーに誕生したカフェ日本人が支援してルンクーに誕生したカフェ

なんでも少数民族の一つロロ族が住んでいた家を、一人の日本人が支援しカフェとしたことで、そこに住んでいた家族が安定した生活を得られるようになった、と言うのです。

ハザン省とは

この話をするには、まずハザン省についてお話をしておく必要があります。

ハザン省は、ベトナムの最北に位置する省。ベトナムの首都であるハノイから北に300キロほど行ったところに位置しており、中国と国境を面していることでも知られています。

ベトナムのその他の地域では、住民の多くが国民全体の9割近くに及ぶキン族ですが、ハザン省に住んでいる人々はモン、ザイ、ザオ、タイなどの少数民族の人々。実はベトナムは、53もの少数民族を持つ多民族国家ですが、そのうちの22もの少数民族が集中しているのがこのハザン省なのです。

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伝統衣装を身につけて山岳地帯を歩くモン族の子供伝統衣装を身につけて山岳地帯を歩くモン族の子供(2017年)

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モン族の村、農村の中に電線が走るモン族の村、農村の中に電線が走る(2017年)

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貧困に暮らす人々

もともと少数民族の人々が、山あいの地域に住むことになったのは、耕作地を巡るキン族との争いに破れ、険しい山々に囲まれたハザン省に避難することになったためと言われています。そのため現在でも耕作に適した土地も少ないのが現状で、平均月収も2百万ドンから3百万ドン(1万円から1万5000円)程度と言われるなど、ベトナムの他の地域と比べても貧しい地域として知られています。

省自体も人口が少なく、豊かな省ではないためにインフラの整備も追いつきません。

モン族んp子供達カメラを睨みつけるモン族の少年

今でこそ道路は少しずつ整備され、電気やデータ通信など整備しやすいインフラについては整備されつつあるものの。水道やガスなど、根本の部分で生活に関わるインフラが整備されていない地域も多く、水を汲むために山を降ったり、拾ってきた薪で料理を作るなど昔ながらの生活をしている人もいるのが実情です。

[colwrap] [col2]野菜を背負い、長い距離を歩く子供[/col2] [col2]長い距離を歩く子供[/col2] [/colwrap]

耕作可能な土地は少ないため、人々の多くは月収2百万ドン、日本円で言えば1万円にも満たないような、貧困の中で暮らしている、とも言われています。

注目集める少数民族の暮らし

ベトナムの少数民族と言えば、同じくベトナム北部の町でベトナムの軽井沢とも言われる「サパ」が旅行先としてよく知られていますが、観光地化して久しいサパに住む少数民族の人々は、商売っ気が強く素朴さが失われているとも言われています。

そんな状況から、ベトナムの昔ながらの少数民族の生活に触れたいという人に注目を浴びているのが、ハザン省。アクセスは決して良いとは言えませんが、それでも彼らの生活を一目見ようと訪れる欧米からの旅行者は増えてきています。

メリットを受け取れない少数民族の人々

しかしこれには多くの問題も指摘されています。

ハザンでの旅行需要の高まりにより、旅行会社やレストランなどの進出も増えてきていますが、一方でこれらの利益を享受できているのは、都会からのキン族移住者などばかりで、この地に住む少数民族の人たちはわずかな利益しか得られていないこと。

そして都会の投資家がやりたがる大型の建物の建設などは、ハザンを訪れる旅行者の希望にはそぐわず、一時的には良くても長期的には観光客を逃してしまうのではないか、と言う意見もあるのです。

ルンクー村とは

ルンクー村はその最北ハザン省の中でも、もっとも北に位置している村です。

ハザン省の省都ハザンから、さらに8時間かけて山に登った先にあるドンヴァンの街。そこからさらに15キロほど走った先にあるのがルンクー村。

ベトナム最北部に位置するルンクー村

中国国境にほど近く、村の端からバイクで5分もしないうちに中国に辿りつけてしまうほど(外国人通行不可)。

住民の大半は、ロロと言われる少数民族。そして残る半分は別の少数民族であるモン族の人々です。

ルンクーに暮らす少数民族とは

ルンクー村に暮らしているのは、主にロロ族とモン族という二つの少数民族です。

少数民族の人々は、ハザンという狭いエリアに暮らしていますが、山あいで交流などが活発ではなかったためか、それぞれの民族で、民族的な特色が大きく異なっていると言われています。

ロロ族とは

ロロ族は、53に分かれているベトナムの少数民族の一つ。

ベトナムの少数民族の中でも、全員で5000人にも満たないとされり民族で、下から11番目に小さな少数民族です。少ないながらロロ族もさらに幾つかの部族に分かれており、ルンクー村周辺に住むのはLolo Den(黒ロロ族)と呼ばれるロロ族となります。

他の少数民族の人々同様、独自の言語であるロロ語を持っており、同じ「ありがとう」を意味する言葉でもベトナム語のCam On(カムォン)と大きく異なるDe(デェー)と言うなど、ベトナム語とは全く違う固有の言語形態を持っています。

ロロ族の特徴

ロロ族の人々は、少数民族の中でも社交的で、言語学的な才能が高いと言われています。学校で習うベトナム語や、自分たちの言語であるロロ語をしゃべることができるのは当然として、他の民族の言葉であるモン語中国語まで身につけて4、5ヶ国語を話す人もいます。

数ヶ国語を話すロロの少女ロロ語、ベトナム語や中国語のほか、英語やモン族の言葉をしゃべるロロ族の少女(2017年2月)

そんな語学力の才能を生かしてか、ロロ族の人々は政府機関で働くチャンスを得ることも多く、他の少数民族と比べれば比較的安定した生活をしている人も多いです。

ルンクー村のロロ族ルンクー村村長の娘(左)と祖母

また独特な艶やかな衣装が似合うような、彫りの深い整った顔立ちの人が多く。他の民族より、美男美女も多いともされています。

モン族とは

社交的なロロ族とは逆に、少し閉鎖的とも言われるのがモン族の人々です。

モン族と言っても文化的にはいくつかあり、有名なサパなどでは黒を基調とする民族衣装を身につけた黒モン族という人たちが暮らしていますが、ハザンには鮮やかな衣装を身につけた白モン族など幾つかの部族に分かれています。

ハザン省中心部のマーケットに集うモン族の人々ハザン省中心部のマーケットに集うモン族の人々

モン族はベトナムではキン族、二つのタイ族(TayとTai)に注ぐ4番目に人口の多い少数民族ですが、一方でモン族はタイやラオス、カンボジア、ベトナムなどにまたがって暮らしている山岳民族でもあります。

ハザンなどではモン族は独自の王を持っていたこともあり、人々は国よりも独自のコミュニティへの帰属意識が強く、言葉も主に独自の言語であるモン語を日常的に使っています。

そのためモン族人々の中にはベトナム語をしゃべることのできない人も少なくなく、昔ながらの土地で農業に従事する人も多いため。金銭的に困窮している人が多いのも、このモン族だと言われています。

ドンヴァン近くの村の子供達学校の敷地内で遊ぶ子供たち。学校の施設はあっても授業が行われている様子はない

日本人が支援するロロ族カフェ

このように大きく特徴の違うロロ族と、モン族の二つの民族が住んでいるルンクー村ですが、民族によって住んでいる地域が主に二つに分かれています。国旗の北側はロロ族の住むエリア、そして南側はモン族の暮らすエリアです。

ロロ族を支援する日本人小倉さんが支援したカフェ「Cuc Bac」は、ルンクー村の北側に位置しています。

古いものを生かすという考え方

ルンクー村で小倉さんが行った行動は、地元の人はもちろん、ハザン省全体でも大きな話題となりました。

ロロ族がもともと住んでいた家を、立て直すのではなく、補修と改築するという形で生かし、修復後も元から住んでいた家族に経営を任せるという小倉さんの支援方式が、人々の間で新しいものの考え方でもあったからです。

これまで都会からの支援者や出資者がやろうとしていたのは、サパなどと同様に大型の建物を誘致しようとするもの。

現地の少数民族の人たちにしてみても、自分たちの暮らしは当然のものすぎて、他の国から来た人には特別に映るという意識はなかったのです。

ルンクー村。昔ながらの民族衣装を着るルンクー村村長の母昔ながらのロロ族の民族衣装を身につけたロロ族

しかし年20%という規模で観光客が増えていると言われるベトナムにあって、サパを訪れる観光客は減少傾向にあるといいます。これは古いものを壊しすぎ、拝金主義が行きすぎているという認識が、旅人や旅行者の間で伝わってしまったためでしょう。

小倉さんの支援を一つのきっかけとして、旅行者たちがハザンに求めているものが、彼らにとっては特別でないが、旅行者にとっては特別な普通の暮らしであるという考え方がハザンの人々の間で少しずつ認知されるようになったのです。

外国人による投資のモデルケースとして紹介される小倉さんの行動

こうした小倉さんの取り組みは、ハザンに対する外国人投資の一つの理想形としても紹介されるようになっています。

ハザンでは先祖から受け継いだ土地で、農業をして過ごす人が多くおり、生活を楽にするためにお金は必要だが、家族で住んできた土地を離れたくない、手放したくないという人も少なくありません。現実的に土地を売ったお金で町へ行っても、コネ社会のベトナムでは仕事を見つけるのも難しく、やはり過酷な生活をしいられます。土地を売って仕まえば文字通し食べていく手段を失ってしまうという人も少なくない。土地を離れるという選択ができない人も少なくないのです。

その点、古民家を修復してカフェとした小倉さんは、カフェの運営も元から住んでいた家族に任せており、カフェ完成後も昔から住んでいたその家に継続して住んで良いという取り決めにしました。こうすることでロロ族家族は生活スタイルを大きく変えずに、新たな収入源を得られるようになったのです。

人々から生活基盤を奪わない投資、支援の方針を支持する人も多く、2017年の3月にはアメリカ大使の訪問も受けています。

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日本人カフェを訪れたアメリカ大使ロロ族の親子に笑いかける在ベトナムアメリカ大使(右)

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アメリカ大使も視察に訪れたアメリカ大使(左)にカフェのコンセプトを語る小倉さん(右)

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日本とベトナムの関係は現在は良好で、長期で滞在していても親日的な人と出会う機会は多いです。しかし実習生問題で騒がれているような不誠実が、これからも続くようであれば、その関係にヒビが入ってしまう可能性も事実です。

しかし小倉さんのしているような草の根の活動が、多くの人の心に響き日本と言う国を信頼してもらえるきっかけになっているのもまた事実なのです。

広がる同様の支援スタイル

これに影響されてか都市部のキン族や、外国人の間では同様の支援を行おうと考え始める人も増えてきており、ハザンの田舎には少しずつ、昔ながらの環境を生かした古民家宿などが完成してきています。

ルンクー近くにあるMaleホームステイルンクーの近くにあるMale村にできた古民家ホームステイ「Ma Le Homestay」

日常的に外国人を受け入れるような施設は、教育に携わる人が不足しがちなハザンにおいて英語など知識を学ぶ場所としても機能をはじめています。

Mele村のホームステイ少数民族である筆者の元生徒がMa leで行っている英語の授業

一人の人間が作り出した小さな動きが、今、少しずつ様々な動きと絡み合い、一つの大きな流れになろうとしているのです。

[aside]ルンクー(Lung Cu)村へのアクセス
ハノイのMy din バス亭からハザン行きバス20万ドン〜25万ドン(1000円〜1250円)。

ハザンからはドンヴァン(Donb Van)行きのバンに乗り、ドンヴァンからはバイクタクシーなどでルンクーに行く方法と、ハザンでルンクーを含む観光ツアーに参加する方法とがあり。

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